i GRID LAB ARTICLES 【日本の脱炭素のボトルネックを探求する】第2回 産官学のリーダーたちが語った気候変動の現在地

【日本の脱炭素のボトルネックを探求する】第2回 産官学のリーダーたちが語った気候変動の現在地

気候変動は、もはや未来の環境問題ではありません。

猛暑による農作物への影響、スポーツ活動の制約、豪雨によるインフラリスク、雪不足による観光産業への打撃など、その影響はすでに私たちの暮らしや経済活動の前提条件を変え始めています。

全3回連載の第2回では、2026年8月7日に開催された「JAPAN 8・8 PROJECT」のフラッグシップイベントで交わされた議論をもとに、「気候変動の現在地」「解決への道筋」「リーダーたちに問われる覚悟」を探ります。

本記事のポイント(読了目安7分)
■ 農業・スポーツ・インフラ・観光の現場で顕在化する気候変動の影響を学ぶ
■ 政界・産業界のリーダーたちが示した解決策と実行への覚悟を知る

気候変動は、すでに科学的に証明された「現実」になっている 

2026年8月7日に開催された、JAPAN 8・8 PROJECTのフラッグシップイベント「暑すぎる夏を終わらせる日」では、「気候変動の現在地」「解決への道筋」「リーダーたちに問われる覚悟」という3つの視点から、科学者や企業、自治体、スポーツ・農業などさまざまな分野の専門家が集まり、活発な議論が交わされました。 

※JAPAN 8・8 PROJECTについては、第1回連載【なぜ気候変動は「自分ごと」にならないのか】をご覧ください(https://igrid.co.jp/iglab/news/217/

イベント登壇者の一部(左から)一般社団法人 日本ご当地キャラクター協会 代表理事 荒川深冊氏、株式会社アイ・グリッド・ソリューションズ 代表取締役社長 秋田智一氏、JCLP代表理事(株式会社リコー 取締役会長) 山下良則氏、POW Japan事務局長 高田翔太郎氏、東京都知事 小池百合子氏、東京大学 未来ビジョン研究センター 教授 江守正多氏、JCLP代表理事(戸田建設株式会社 代表取締役会長) 今井雅則氏、JCLP理事(セブン&アイ・ホールディングス 執行役員) 宮地信幸氏、気象予報士 キャスター 井田寛子氏 @JAPAN 8・8 PROJECT

冒頭のセッションでは、近年の猛暑や熱波について、単なる偶然や自然変動ではなく、気候変動との関係を科学的に分析する「イベントアトリビューション研究」が紹介されました。2026年7月中旬から下旬前半にかけて日本列島を襲った記録的な高温は、「温暖化がなければほぼ起こりえなかった」と分析されており、異常気象を気候変動と結びつけて説明できる段階に来ていることが示されました。 

・地球温暖化がなかったと仮定した気候条件では、同レベルの高温の発生確率は約0.006%(再現期間1万年超)であり、ほぼ発生し得ないレベルであった。
1991〜2020年の平年の気候条件では約74年に1度の高温が、温暖化が進んだ2026年の気候条件では約37年に1度へと、発生頻度が約2倍に高まっていた。
・今回の高温は、日本の夏の高温発生確率を低下させることが知られているエルニーニョの影響下で発生した。 

出典:極端気象アトリビューションセンターウェブサイトhttps://weatherattributioncenter.jp/analyses/extreme-heat-july2026/ ) 

一方で、猛暑を実感している人は多いものの、その背景にある気候変動との関係を理解している人は決して多くないという課題も共有されました。気候変動を「自分ごと」として理解するための情報発信の重要性が改めて語られました。 

 

気候変動の現在地 「暑すぎる夏」が暮らしや産業を変え始めている 

続くセッションでは、気候変動による影響が環境問題の枠を超え、私たちの生活や産業基盤そのものに及んでいることが、多様な現場の視点から共有されました。 

セッションの様子 @JAPAN 8・8 PROJECT 

【農業にも影響】
日本農業新聞 みどりGXラボ 統括ディレクターの岡部孝典氏は、農業は気候変動の影響が最も早く、最も直接的に現れる産業の一つだと指摘しました。猛暑によるコメの品質低下や野菜・果物の収量減少に加え、家畜の乳量や産卵数の低下も報告されており、LINEにて実施された生産者アンケートでは約8割が生産量の減少、約半数が収入の減少を実感していることが紹介されました。気候変動は、食卓や食料価格にも直結する問題となっています。 

【スポーツにも影響】
また、日本サッカー協会 競技運営部国内グループ長の貝塚大和氏は、スポーツの現場でも暑熱対策が競技運営そのものを変えつつあることを紹介しました。2025年度以降、熱中症リスクを考慮し、日本サッカー協会の主催・管轄する大会・リーグ戦・フェスティバル等は7〜8月に原則行わない運営へ移行。早朝や夜間への練習時間変更に伴い、施設確保や照明費など新たなコスト負担も発生しているといいます。気候変動は、子どもたちのスポーツ環境や地域活動にも影響を及ぼし始めています。 

【下水道インフラにも影響】
さらに、日本下水道協会 企画部長の奥野修平氏からは、社会インフラへの影響も共有されました。ゲリラ豪雨の増加による浸水リスクの高まりに加え、気温や水温の上昇によって下水道設備の劣化が進行する可能性など、これまで当たり前だった安全や利便性が揺らぎ始めている現状が報告されました。 

【冬のレジャー産業にも影響】
気候変動の影響は夏だけにとどまりません。 

「雪が映す地域と産業の未来」をテーマにしたセッションでは、北海道大学大学院 国際広報メディア観光学院講師の吉沢 直氏から、日本のスキー観光が直面する将来予測が紹介されました。研究によると、気温上昇を4℃許した場合、天然雪で安定的に営業できる国内のスキー場はわずか7か所まで減少する可能性があるといいます。 

これは単なるレジャー産業の縮小ではありません。雪がなくなることは、地域文化が失われることでもあります。 

長野県 環境部ゼロカーボン推進課長の龍野 真一氏は、雪の減少が地域経済や観光、雇用だけでなく、水資源や農業、生態系にも影響する可能性があることを指摘しました。雪が果たしてきた役割は地域社会を支える基盤そのものであり、その変化は都市生活者にとっても決して無関係ではないというメッセージが発信されました。 

 

解決への道筋 必要なのは「仕組みを変える」こと 

一方で、イベントで語られたのは危機感だけではありませんでした。 

「2050年の天気予報(Ver.2)」を監修した東京大学 未来ビジョン研究センターの江守正多氏は、気候変動対策には個人の努力だけでなく、社会全体の仕組みを変えることへの賛同と行動につながる選択肢が不可欠だと語りました。個人の行動変容だけでは限界があり、企業や自治体、制度そのものが変わっていくことが重要だと指摘しました。 

続く「脱炭素イノベーターが語る解決の方向性」では、アスエネ株式会社 Founder 代表取締役CEO 西和田浩平氏が、日本の低いエネルギー自給率やAI時代の電力需要増加を背景に、再生可能エネルギーの普及が気候変動対策だけでなく、エネルギー安全保障や経済成長にもつながる可能性に言及しました。 

当社代表取締役社長の秋田も、脱炭素イノベーターとして登壇し、特に企業の屋根を活用するオンサイトソーラーに大きな可能性があると解説しました。日本にはまだ膨大な未活用屋根が存在し、現在の国内太陽光発電設備容量に匹敵する159GWのポテンシャルがある(公益財団法人 自然エネルギー財団による試算「屋根置き太陽光発電の拡大策:2035年に導入量5倍へ」より)ことを発信しました。また、PPAモデル(電力購入契約:初期費用ゼロで太陽光発電を設置する仕組み)の普及によって初期投資を抑えた導入も可能になっており、再エネは環境対策だけでなく、経済合理性を持った選択肢になりつつあると強調しました 

株式会社アイ・グリッド・ソリューションズ 代表取締役社長 秋田智一

そして太陽光発電普及が、一定程度、夏の節電要請の最小化に貢献していて、脱炭素は「我慢」ではなく賢い「選択」によって実現できるポジティブな変化でもあると語りました。 

気候変動を「避けるべきリスク」として捉えるだけでなく、社会やエネルギーのあり方をより良くしていく機会として捉える視点を多くの参加者に共有する機会となりました 

 

リーダーたちに問われる「覚悟」  

イベントのクライマックスとなったリーダーセッションでは、脱炭素社会に向けたリーダーたちの「覚悟」が語られました。 

JCLP代表理事(戸田建設株式会社 代表取締役会長)の今井雅則氏は建設業界では、猛暑によって夏場の作業時間が大きく制約され、「このままでは夏は半分しか働けなくなり、日本経済そのものが停滞するリスクがある」と警鐘を鳴らしました。具体策として「建物の断熱化」「太陽光の賢い利用」「EVと充電インフラの整備」「浮体式洋上風力発電の推進」「電力系統への投資」という5つの重要な柱を提示し、気候変動対策を社会インフラの再設計として進めていく必要性を訴えました。 

また、東京都知事の小池百合子氏は、「HTT(へらす・つくる・ためる)」をキーワードに、都民一人ひとりのライフスタイル変革の重要性について語りました。太陽光発電や蓄電池の導入、省エネ家電の活用は、日常的な電気代負担の軽減だけでなく、災害時のレジリエンス向上にもつながると説明しました。 

東京都知事 小池百合子氏 @JAPAN 8・8 PROJECT

さらに小池氏は、脱炭素社会を実現するためには「心・技・体」が必要だと強調しました。「心」は一人ひとりの意識、「技」は技術革新、そして「体」は補助制度や義務化などの制度設計を指します。これらが揃って初めて社会は大きく動き出すという考えを示しました。 

加えて、家庭などから回収した廃食油を航空燃料として活用する「東京油田」構想にも触れ、資源を循環させながら新たな価値を生み出す取り組みを紹介しました。 

そして、小池氏が最後に投げかけたのが、「NATO(No Action Talk Only)」という言葉です。議論や問題提起にとどまるのではなく、一人ひとりがこの問題の当事者であると認識し、具体的な行動を起こす段階に来ている。その力強いメッセージは、会場に集まった参加者に対し、一人ひとりの行動を改めて問いかけるものでした。

未来を変えるために必要なのは技術だけではありません。気候変動を「誰かが解決してくれる問題」として捉えるのではなく、その変化を実行に移す覚悟こそが、いま社会に求められていることが印象的に発信されたセッションとなりました。 

 

日本の脱炭素化には仕組みの進化が必要

一連の議論から見えてきたのは、気候変動に対する危機感そのものよりも、その危機感を行動へと変換する仕組みの不足ではないかという点です。

猛暑への対応として冷房利用は不可欠であり、これからの社会に必要なのは電気を使わないことではありません。電気を使いながらも排出を減らせる社会を実現することが重要です。

その有力な選択肢の一つが、再エネへの転換です。法人施設の屋根への太陽光発電導入や地域循環型エネルギーは、気候変動対策だけでなく、電気料金の抑制やエネルギー安全保障の向上といった経済合理性とも両立します。

私たちは今回の議論を通じて、日本の脱炭素化における本質的な課題は、危機感の不足ではなく、行動につながる選択肢が社会に十分実装されていないことではないかと考えました。

社会を変えるために必要なのは、「正しいことだからやる」という呼びかけだけではありません。生活者や企業が自然に選びたくなる仕組みを増やしていくことです。

では実際に、生活者は「暑すぎる夏」をどのように感じているのでしょうか。次章では、アイ・グリッドが実施したスマ電ユーザーアンケートを通じて見えてきたリアルな声から、そのヒントを探ります。

▶第3回連載に続く【第3回 生活者1000人の声から探る、行動変容の条件